たけのこ体操のことや、二年間旅したときに思ったこと感じたことを載せています。
 
 
 
 
あなたは大人?それとも子供?
 
 
 
 
 
ここでいう、子供、大人は、年齢のことではありません。

精神的に子供なのか、大人なのかということです。


で、精神的に大人と子供を分ける基準とは、
つきつめれば、
与えることができるか、貰うことしかできないか
ということになるかと思います。

もちろん、
自分から与えることができるのが、大人です。
貰うことしかできないのが、子供です。


例えば、ニートは子供です。
飯をただ食わせてもらっているだけで、
家族に与えることをしていない場合です。
ただ、家族に、なにか行動でそれ以上に与えることが
できていれば、それはそれでありかと思います。

他には、自慢したがる人です。
みとめてー、みとめてーって、
一生懸命に周りの大人に言っています。


他の例では、たまに、こんな女性がいます。
包容力があって、お金持ちな人じゃないと、だめ。
と心から思っている人です。

このような人は、子供です。
相手から、お金を貰うことしか考えていません。
また、自分のわがままを、聞いて貰うことしか考えていません。
自分の悪いところを自覚しながら、
それを、みとめてーみとめてーっといっているのです。
つまり、してもらうことしか考えていません。

相手のことを、一人の人間であり、対等だと考えていません。
対等だと考えていたら、自分でも包容力を持とうと考えますし、
お金も、自分の力で稼いでいこうと考えるからです。
それが、普通の人間の一対一の付き合いです。
これが、基本です。
そして、さらに、そこから、与えることができるのが、
大人なのです。

子供な人は、自分が、お金を払うということ、
自分からなにかしてあげることを考えていません。

いつも、計算していて、トータルで、どっちが多くお金を払っているか、
どっちが多くしてあげてるかを考えています。
で、少しでも自分が多くお金を払うこと、もしくはしてあげることが、
あってはならないと考えている人です。

つまり、最低でも対等か、もらう側でないと、満足できない人です。

このような、状態で、子供が出来たとき、
子供が、子供を育てる状態になります。

そうなると、うまくいかないです。

というのは、与えることが出来ないからです。
与えることができるのが、大人であり、
親は自分の子供のために無償で与えるものです。

ですが、精神的に子供のままで、自分の子供に無償で与えることができないと、
与えることが、ストレスになってきます。
なぜ、私が、与えるだけ与えて、なにも貰えないの?
ってことになってきます。
ご褒美がほしくなってきます。
ですが、親は無償で与えるものなのです。
それが、大人たるものの条件なのです。
鳥でも、自分のひなに、無償でご飯を運びます。
これを、破棄しては、種が滅亡してしまいます。

もちろん、子供を持ったことで、与える人間に
変わっていく人もおられるかと思います。


人間、自分から与えていかないと、人間的に腐ってきます。
もらって当然のように、なっていきますし、
もらうことのありがたさが分からなくなってきます。
また、もらうだけだと、自分の存在価値がなくなっていきます。
で、自分でも駄目だと気付いている場合は、
罪悪感にさいなまれてしまいます。


もちろん、与えていくというのは、金品のことだけではありません。
行動もです。

例えば、道にゴミを落ちていたとして、
それを拾ってゴミ箱に捨ててあげる。
これも、与えてるんです。

ケンカしてても、自分から折れてあげる。
これも、与えています。

自分から、朝、挨拶をしたり、
話しかけてあげる。
これも、与えています。


常に、もらう量より、与える量を多くするように、

心掛けてみてください。

すると、自分の人生が楽になってきます。

信じてもらえないかもしれませんが、

思っている以上に楽になりますから。

毎日もたのしくなってきます。


というのは、罪悪感を持ちながら、もらっている人も多いからです。

本当は、与えなければならないと思いながら、もらっている人も多いからです。

なにかについて罪悪感を持つと、その事柄について堂々とできません。

堂々としている人は、すべての面において、罪悪感をもってないんです。

だから、常に堂々としていられる。


例えば、私は、昔、タバコをポイ捨てしてました。

みんな、捨ててるから、いいかと、言い訳したりしたりしていました。

ただ、そこには、罪悪感がありました。

いけないことだと分かっていたからです。

すると、タバコをポイ捨てするときは、常に卑屈になる。

堂々とすることができない。

けれど、このポイ捨てをやめることにより、

タバコのことについては、堂々とできるようになった。

小さいことだけども、堂々とできるようになった。

逆に、ほめてくれる人もでてきた。


これは、一例ですが、すべての罪悪感を感じていることに関して、

直していけば、どんな場面でも堂々としていられます。

この罪悪感のある行動も、結局は、相手や、環境に対して、

許してもらってることですので、「子供」のしてもらっている行為と

なんら変わりありません。

社会に迷惑な行為というものは、結局、社会に許してもらっているという

子供のする行為なんです。


自分に自信がない方は、すべての罪悪感を感じる行動を一切やめてみてください。

それだけで、人生がだいぶ楽になります。




 
 
 
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